fbpx

中川政七商店から学ぶ地域活性化に必要な「ビジョン」と「ブランド」

日本の「工芸」に現代的なデザインを取り入れ、雑貨や日用品を販売されている『中川政七商店』をご存知でしょうか?

つい先日、ありがたくもお話をお伺いできる機会がありました。いかに、伝統産業を復活させ、地域から日本を活性化させていくか。その極意に少し触れることができたので、ご紹介したいと思います。

「中川政七商店」13代・中川淳さんについて

ご存知の方も多いかと思いますが、改めてここでご紹介します。

商品の良さを「正しく伝える」ためには自分たちで直接お客様に届けなくてはならないという考えのもと、直営店出店を加速させSPA業態を確立しました。
また「粋更kisara」「中川政七商店」という新しいブランドの立ち上げ、業界特化型のコンサルティング事業など「日本の伝統工芸を元気にする」べく業界の常識にとらわれない新しい展開を見せています。

▶公式オンラインショップより一部抜粋

歳月をかけて見出した「ビジョン」の重要性

今やっていることと、未来がどう繋がるか?

家業を継いでから2〜3年を費やし、ようやく経営の立て直しに成功した頃。

お金のために働くのが苦しくなったという13代・政七さんは、ふと「ビジョン」が必要ではないか?と思いたち「自分たちの生きる道」を探し始めました。

「他の会社のビジョンを見ても、なかなかピンとくるものがなかった」と語る政七さん。そこから、さらに2〜3歳月をかけて様々な本を読み、自分にとってしっくり来る一つの要素を見つけ出します。それは「今やっている事業とビジョンが直接的に未来でつながっているかどうか」ということでした。

石工職人の逸話

かつて大阪城の石垣の建築に際し、ある石工職人が「我々は石を積んでいるんだ」と話したのに対し、一方の石工職人は「我々は日本一の城を作っているんだ」と語った、という逸話があります。要は「今やっている日々の活動、その先に何が待っているかを見据えられているかどうかが重要である」ということなのです。

工芸は、「伝統」と名がつくほど長く歴史として存在していますが、衰退の一方にあります。厳しい環境の中にあっても、ビジョンがしっかりと企業に根付き、周囲の人々に納得されていれば、この活動を応援したいという人々も現れ、名前が知れ渡り、最終的に「地域の一番星」が生まれるというのです。

地域活性化のプロセスにとっても重要な「リブランディング」は、このビジョンをどう策定するかからスタートします。

ブランドはデザインが生み出すものではない

現在、業界特化の経営コンサルティングを行っている中川政七商店は、自社も含めて、20以上の「リブランディング」を成し遂げてきました。

ブランドを立て直すと聞いて、みなさんはどのようなイメージを持つでしょうか?おしゃれなロゴや、綺麗なパッケージを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、政七さんは語ります。「デザイナーありきのプロジェクトは、必ず失敗する」と。これはデザイナーが悪いのではなく、コンサルを依頼する経営者からのオーダー(=要望)が無いということが原因です。「もし、デザインを改良してちょっと売れたとしても、決算書がよくなることは無い」ということです。

ビジョン・想い・そして経営

まともな経営があり、ビジョンがあり、商品をどうしたいかという”想い”があって、初めてリブランディングは成功します。新しい商品がお客さんに売れるかどうかは「100発100中」とは行きませんが、経営の内部は立て直せます。それは、例えば「予算目標をキチンと計画する」「生産管理を整える」といった地道な改善がものをいいます。

インターネットやSNSが普及した現代。産地偽装問題や炎上といった言葉もあるように、商品からその後ろまで透けて見える時代です。しっかりと真面目にものづくりを続ける必要性が、一層出てきています。

まとめ

産地の衰退スピードは、年々早まってきています。1980年には5,400億円あった工芸の市場も、現在では1,000億円まで落ち込みました。

後継者問題やサプライチェーンの崩壊など問題は山積みですが、中川政七商店がそうであるように、今の世代に受け入れられる「一番星」を生み出し、成功体験を共有し合うことで「他の地域の一番星」を創ることもできます。

そして、私たちは、その活路の一つに「海外への展開」があるのではないかと考えています。日本の良いものは、必ず世界でも評価される。その道のりのお手伝いを、これからもしていけたら嬉しいと考えます。